43/日記料金所跡地

移転前跡地/思いつきの短編置き場

072:2人乗り

 その日、二人は約束を交わす。

 生涯忘れることのない、約束を交わす。

 縛り付けるでもなく、
 そこに留めるでもなく、
 ただ、只―――約束を、二人は交わす。


    072:2人乗り
     (現代パラレル/幼なじみの幼少期)


 もうすぐ夜の闇は西の彼方へ消えていく。白くなっていく東の空は、灰色の薄い雲が徐々に明らかになっていく。
「良い眺めだねえ、此処」
 ブランコが大きく揺れて、きいきいと硬い金属音がした。錆び付いたブランコは壊れそうなのに壊れない。力強く地面を蹴ったら、また音が鳴った。八歳のコルトは、足を空中でぶらぶらさせながら、隣に立つ幼なじみを見た。
「ねえ、まだ?」
「まだだよ。……もう何度目?」
 ディオは隣に立ったままため息をついた。東の空で待ち構えている日の出は、まだその顔を勿体ぶるように出さない。春の朝はまだ肌寒く、十歳のディオは少しだけ襟を首に引き寄せた。
「ディオはブランコ乗らないの?」
「乗らないよ。俺もう十歳だよ」
「えー。あたしは十歳になってもブランコやるよ。鬼ごっこもかくれんぼも、お砂遊びもやるもん!」
 日の出が見たい、とコルトが突然言い出したのは昨日の夜八時。道路を挟んだ向かいにあるディオの家に遊びに来ていたコルトがそんなことをいきなり言ったのだ。普通なら八歳と十歳の子供を二人で夜出歩かせるのはしないのだが、ディオは十歳の割にしっかりしているし、何時までも親が付き添っているのも駄目だろう、という双方の親の考えにより、即行でその日の日の出を拝むことになったのだ。
「確かあの白いのは……黎明とか、黄昏とか、トワイライトとかって言ったっけ」
「ふーん。ディオは難しい言葉、沢山知ってるんだね」
「俺は将来、大学院を出るんだ」
「だいがくいん?」
「大学の上だよ。修士になるんだ!」
「しゅうし?」
 よく解らない単語に首を傾げるコルトは、けれど難しいことは難しいことなのだと割り切ることにして、へらりと笑った。
「うん、でもすっごいのなんだね! 頑張って!」
「おうっ」
 黎明の空に照らされた少女の幼い笑顔は酷く輝いていた。コルトの笑った顔はとても可愛いと思う。鈴みたいな笑い声も。でもじゃらじゃら五月蠅い鈴じゃなくて、かき氷みたいに透き通ってきらきらした感じの声。
(あ)
 その時父に言われた言葉を思い出した。ディオが思わず顔を押さえたのを見て、コルトはブランコをこぎながら首を傾げる。
「どうしたの?」
「え? や、ううん、別に……あ、コル! 前っ」
「…………うわあっ」
 ざざっ、と足でブレーキをかける。ビルや家が並ぶ街並みの向こうで、赤い太陽がゆっくりと昇ってきた。黎明の空を押しのけるように、あるいは溶け込むように、一つになるように、ばらばらになるように。
「わあ、わあわあわあー! 綺麗綺麗綺麗〜! ぴかぴかしてる!」
 足をばたばたさせて笑うコルトを見ながら、不思議だな、とディオは思う。
『お前さあ、解った! コルトちゃんをお嫁さんに貰えば安心だな!』
 そんなことを父が言った。とても恥ずかしかったけれど、けれども反論が出来なかった。
 あんな奴お嫁さんにしないよ。
 一言言えば良いだけなのに、どうにも言えなかった。
 この笑顔が消えてしまうのは淋しいし、哀しい。
 誰かのお嫁さんになったら、俺にこんな風にしてくれなくなるのかな。
「……俺も乗ろっかな。ブランコ」
「うんうん! 楽しいよー。はい!」
 ブランコは一つしかない。コルトがぴょんと飛び退くと、ディオは少し考えてからその手を引いた。
「そしたらコルが乗れないだろ。二人乗りしよう」
「二人乗り?」
「そ。ほら、此処座って」
 足の間にちょこんと座ったコルトは、おどおどしながらディオを見上げた。
「……で、でも落ちそうだよ。恐いよ」
「大丈夫、落ちないって」
「だ、だめだよ、落ちちゃうよ。あたしうんどーしんけー、ないもん」
 じわりと涙を浮かべたコルトを見て、やめようかと思ったけれど、此処で手放すのは何だか悔しくて、ディオは笑った。
「俺が支えてるから、お前は鎖をちゃんと持ってろ。それともコル、俺が信じられない?」
「ううんっ」
「よし! しっかり持ってろよー」
 右手でコルトの身体を後ろから抱き締めて、左手で鎖を持つ。地面を爪先で蹴ると、風が後ろから、そして前から吹いてきた。
 あんなに恐いと思っていたのに,背中に伝わる体温は暖かくて,安心出来る。夜明けの光は肌に照りつけて日焼けしそうに眩しい。
「……ねえ、ディオ」
「何?」
「あたしねえ……大きくなったら、ディオに毎日お弁当作ってあげるね」
 ママにお料理教わってるの。前より少し上手になったんだよ。お味噌汁の味付けも巧くなったの。だからだいがくいんに行くしゅうしのディオに、美味しいお弁当作るね。
 ……何だか彼女は大学院と修士を良く解っていないようだけれど、嬉しかったからそれはもう少し先に説明することにしよう、とディオは思う。お嫁さんになる、ではないけれど、お弁当を作る、でも充分だ。コルトの作る料理は歪だけれど美味しい。だぼだぼのエプロンをつけて母の手伝いをする彼女は、とても楽しそうで見ていて微笑ましい。

 すっかり夜が明けて眠ってしまったコルトを何とかおぶって彼女の家まで連れて行ったら、そこには小さな妹と父が居た。帰ってくる二人を出迎える為に待っていたのだと言う。
「お前のことだからコルトちゃんを家まで連れてってやるだろうと思ってな」
 父がけらけら笑いながら言った。それから先程のことを思い出してうっかりにやけそうになるのを何とか堪えて、コルトの父に彼女のことを任せた。その時彼は言った,
「こいつな、お前に美味しい料理を食べさせてあげるんだ、って頑張ってんだぞ。ちょくちょく料理を食わせられることになるだろうけど、勘弁してやってくれ」
しかも笑いながらだ。ディオも思わず笑って頷いた。
 大きくなったら彼女はこんなこと忘れてしまうだろうか、それとも恥ずかしがってやめてしまうだろうか、自分とは遊ばなくなってやめてしまうだろうか?
 それでも今は自分に料理を作ってくれる意志はたんまりあるようなので、今から存分に食べておこうと思う。美味しくなった、上手になった、と自信を持って言ってあげられるように。
 それからお弁当を持って、何時かもう一度二人乗りして日の出を見られたら、どんなに素敵だろう。
 思いながら眠くなってきたディオは、そのまま彼女の家のソファに座って眠りに落ちた。




「茜雲の彩りを」加筆修正版。
現代で、幼なじみで、小さな頃の二人。
コルトがディオの言っていることを余り理解していないとか、そういう設定がやりたかったのです。

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Author:橿倉いるあ
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