43/日記料金所跡地

移転前跡地/思いつきの短編置き場

犬と月

*神様の踊り子/リグリヤとジェット
*どうしようもないバレンタイン小話




 実はこう見えて、リグリヤは無駄なことはしない主義だ。
 どういう意味かというと、明らかに無理であること、無謀であることは自ら望んでしない、という意味だ。
 それが自分が相手より劣ることだと解っていれば、尚更。
 なのにそれをしなければならない時……というか、したい時だって絶対にある訳で。
 それが今回の行事だったりする訳で。

「……で、慣れないことに挑戦したら、こんな形になってしまったんです」

 何ともいびつで、何とも不気味。『下手』な部類に入るかといえば必ずしもそうではないだろうけれど、確実に『上手』の枠には入れない、そんな出来映えだ。

「絞りクッキー……を、作ろうとしたのか? これは」

 何やらそんな形跡が見られる茶色のクッキーを見て、ジェットは言う。珍しく休みの日にせかせかキッチンで働いていると思ったら、これを作っていたらしい。

「ええ。型を持っていないな、と思ったら、絞り器はあったので。でも難しいですね。写真みたいに、綺麗な模様は出来ません」

 オーソドックスに星形の口金で絞ったのだろうクッキーは、普通なら曲線が中心に向かって描かれる円形をしているだろうに、何故か妙に横に長かったり、はみ出ていたり。

「お前、料理の才能がない訳ではないんだったな。……そうだな、味はまともだしな。単に絞り出しの腕がないだけか」
「褒められてるんだかけなされてるんだか解りません」
「両方だ。まあ、見た目が良く味が悪いのと比べると何倍もましだがな」

 さくり、と良い音を立ててクッキーが消えていく。
 ジェットは料理の才能がある。それはリグリヤも知っている。事実、自分よりも彼がやった方が何倍も良いものになる。だからリグリヤは食事を殆ど彼任せにしているし、彼もそれを悪いとは思っていない。才能のある方がやった方が、そしてそれを才能のある者が嫌でなければ、その方が良いに決まってる。
 だがそんな一種の『決まり事』は、何もどちらかが口に出したことではない。自然こんな形になっただけだ。

「……いや、しかし、礼を言っていなかったな」
「あ、……どうも」

 改めて言われると、何だか少しだけ照れて、違和感を感じた。
 ……私って本当にこの人のこと好きなんだろうか。
 未だによく解っていないのだけれど、これが恋心ならこんなに心地良く、そして時に嫌気がさすものとは。
 自分の想像を飛び越えた感情だ。

「どうかしたか」

 言われて、ぼんやりとジェットのことをずっと見ていたことに気が付いた。

「あ、いえ、……えーと……絞り出しの上手な方法って、知ってます?」
「まずは急がずやることだ。絞り出しを終える時が一番肝心だからな。そこでしくじると全て台無しだ」
「……なるほど」

 そういえば失敗した殆どは最後だったなあ。思いながらも、頭はぼんやり彼の髪のことを考えるばかりで。
 もしかしたら、自分は彼を求めているのかも知れない。
 それでも黙っている。
 拒否されたら、怖いから?
 何となく、拒否されることはないと解っているのに?

「ほんとのところ、どうなんでしょう、ねえ」
「何がだ」
「こっちの話です」

 知らずため息をついた。
 これが恋の病であれば、甘いものではぐらかせるもの?




予告していたバレンタイン即興。

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