I'm with you
*神様の踊り子/リグリヤとジェット
*下の続きっぽい遅いホワイトデー話
「……おい、リラ。シスター・リラ」
自分を呼ぶには少々聞き慣れない声である。リラ=アンペリーは、本の整理をする手を止めて顔を上げる。
「……ジェット……?」
自分より三つ年上。二二歳の黒ずくめ男が後ろに立っていた。
「お前に相談がある。もうすぐ昼休みだろう? 飯を食いながら、意見を聞かせて欲しいのだが」
「別に構わないけど……リグは? 一緒に食べないの?」
「リグリヤはローズマリーに用があると言っていたから大丈夫だ」
この男が自分に相談とは珍しい。何やら楽しいことになりそうだ、とリラは心の中でほくそ笑んだ。
その相談から一週間ほど後のとある休日、ジェットはリグリヤを連れて町を出た。
電車に乗って海へ行く。数ヶ月前に行った、元修道士の夫婦が経営する店が近くにある海だ。
「……何ヶ月か前、来ましたよね、ここ。あの時より少しあったかくなりましたね」
今日の波は少し高い。心地良い波音を立てる海岸を歩きながら、リグリヤは笑った。
「どうしたんです? いきなり、ここに行く、なんて、貴方らしくないことを」
「俺らしくない、か?」
「ええ。だって、突然行動するにしたって範囲というものがあります。ジェットはその範囲、余り広くはないから」
確かによく解らない行動を取ることもあるが、いきなり遠出、なんてことは初めてだ。今日の朝、海に行くぞ、なんて言われた時には、熱でもあるのかと心配してしまった。
「行きたくなった時が一番良いものだ」
「……そうなんですけどね。ま、良いですけど。私も嬉しいですし」
結構海、好きなんですよ。遠いからあんまり来ないんですけど。これでも泳ぐの得意なんです。
笑いながら歩くリグリヤの顔は幸せそうで、ジェットはつられて笑いそうになり、すんでのところで堪えた。
『リグはね、海が好きよ』
リラが言っていたことは本当のようだ。
「あの店の夫妻が旨いものを作ってくれるそうだ」
「え?」
「バレンタインのお返しだ」
何を返すべきか解らなかった。だからリラに相談してみたら、海に行って美味しいもの食べれば?、と言われた。普通すぎてどうかと思ったが、まさかこうも嬉しそうにされるとは思わなかった。帰ったらリラに礼をしなければ。
「……ホワイトデー、覚えてたんですか」
「もう何日も過ぎたが、休日しか出来ないからな」
「覚えてたなんて嬉しいですよ。ありがとう、ジェット」
数歩先を歩いていた少女は、立ち止まり振り向くと微笑み、はい、と手を差し伸べた。
「……何だ?」
「何で後ろを歩くんですか。隣を歩いてくださいよ。ストーカーみたい」
確かに横から見れば後をつけているように見えるかも知れない。ジェットはその手を素直に取って、彼女の横を歩く。
「ねえジェット。貴方は、私の知らない所、沢山知ってるんですよね」
「ああ。ここ以外にも沢山の町や国を見てきた。勿論、まだ知らない土地も多いが」
「今度連休取って、旅行してみませんか?」
「……ああ。そうか。それも良いな」
冷たい風は潮の薫り。あの日作った砂のトンネルはこの辺りに作ったのだったか。海水を汲んだ青いバケツはどこに置いていっただろう。
「旅行しても良いが、はしゃいで迷子になるなよ」
「大丈夫です。私は貴方についていきますよ」
「……あれ何ですかー、とか勝手に走っていきそうなんだが」
「手を繋いで引っ張っていきますから平気です。一緒に迷子になってください」
砂浜に二つの足跡が溶けていく。
波がそれを攫っても、雨がそれを洗い流しても。
そこに、それは、ある。
ホワイトデー即興。ジェットは忘れた頃にお返ししそうだ、と思ってこんなことに。
*下の続きっぽい遅いホワイトデー話
「……おい、リラ。シスター・リラ」
自分を呼ぶには少々聞き慣れない声である。リラ=アンペリーは、本の整理をする手を止めて顔を上げる。
「……ジェット……?」
自分より三つ年上。二二歳の黒ずくめ男が後ろに立っていた。
「お前に相談がある。もうすぐ昼休みだろう? 飯を食いながら、意見を聞かせて欲しいのだが」
「別に構わないけど……リグは? 一緒に食べないの?」
「リグリヤはローズマリーに用があると言っていたから大丈夫だ」
この男が自分に相談とは珍しい。何やら楽しいことになりそうだ、とリラは心の中でほくそ笑んだ。
その相談から一週間ほど後のとある休日、ジェットはリグリヤを連れて町を出た。
電車に乗って海へ行く。数ヶ月前に行った、元修道士の夫婦が経営する店が近くにある海だ。
「……何ヶ月か前、来ましたよね、ここ。あの時より少しあったかくなりましたね」
今日の波は少し高い。心地良い波音を立てる海岸を歩きながら、リグリヤは笑った。
「どうしたんです? いきなり、ここに行く、なんて、貴方らしくないことを」
「俺らしくない、か?」
「ええ。だって、突然行動するにしたって範囲というものがあります。ジェットはその範囲、余り広くはないから」
確かによく解らない行動を取ることもあるが、いきなり遠出、なんてことは初めてだ。今日の朝、海に行くぞ、なんて言われた時には、熱でもあるのかと心配してしまった。
「行きたくなった時が一番良いものだ」
「……そうなんですけどね。ま、良いですけど。私も嬉しいですし」
結構海、好きなんですよ。遠いからあんまり来ないんですけど。これでも泳ぐの得意なんです。
笑いながら歩くリグリヤの顔は幸せそうで、ジェットはつられて笑いそうになり、すんでのところで堪えた。
『リグはね、海が好きよ』
リラが言っていたことは本当のようだ。
「あの店の夫妻が旨いものを作ってくれるそうだ」
「え?」
「バレンタインのお返しだ」
何を返すべきか解らなかった。だからリラに相談してみたら、海に行って美味しいもの食べれば?、と言われた。普通すぎてどうかと思ったが、まさかこうも嬉しそうにされるとは思わなかった。帰ったらリラに礼をしなければ。
「……ホワイトデー、覚えてたんですか」
「もう何日も過ぎたが、休日しか出来ないからな」
「覚えてたなんて嬉しいですよ。ありがとう、ジェット」
数歩先を歩いていた少女は、立ち止まり振り向くと微笑み、はい、と手を差し伸べた。
「……何だ?」
「何で後ろを歩くんですか。隣を歩いてくださいよ。ストーカーみたい」
確かに横から見れば後をつけているように見えるかも知れない。ジェットはその手を素直に取って、彼女の横を歩く。
「ねえジェット。貴方は、私の知らない所、沢山知ってるんですよね」
「ああ。ここ以外にも沢山の町や国を見てきた。勿論、まだ知らない土地も多いが」
「今度連休取って、旅行してみませんか?」
「……ああ。そうか。それも良いな」
冷たい風は潮の薫り。あの日作った砂のトンネルはこの辺りに作ったのだったか。海水を汲んだ青いバケツはどこに置いていっただろう。
「旅行しても良いが、はしゃいで迷子になるなよ」
「大丈夫です。私は貴方についていきますよ」
「……あれ何ですかー、とか勝手に走っていきそうなんだが」
「手を繋いで引っ張っていきますから平気です。一緒に迷子になってください」
砂浜に二つの足跡が溶けていく。
波がそれを攫っても、雨がそれを洗い流しても。
そこに、それは、ある。
ホワイトデー即興。ジェットは忘れた頃にお返ししそうだ、と思ってこんなことに。
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