43/日記料金所跡地

移転前跡地/思いつきの短編置き場

I'm with you

*神様の踊り子/リグリヤとジェット
*下の続きっぽい遅いホワイトデー話



「……おい、リラ。シスター・リラ」

 自分を呼ぶには少々聞き慣れない声である。リラ=アンペリーは、本の整理をする手を止めて顔を上げる。

「……ジェット……?」

 自分より三つ年上。二二歳の黒ずくめ男が後ろに立っていた。

「お前に相談がある。もうすぐ昼休みだろう? 飯を食いながら、意見を聞かせて欲しいのだが」
「別に構わないけど……リグは? 一緒に食べないの?」
「リグリヤはローズマリーに用があると言っていたから大丈夫だ」

 この男が自分に相談とは珍しい。何やら楽しいことになりそうだ、とリラは心の中でほくそ笑んだ。



 その相談から一週間ほど後のとある休日、ジェットはリグリヤを連れて町を出た。
 電車に乗って海へ行く。数ヶ月前に行った、元修道士の夫婦が経営する店が近くにある海だ。

「……何ヶ月か前、来ましたよね、ここ。あの時より少しあったかくなりましたね」

 今日の波は少し高い。心地良い波音を立てる海岸を歩きながら、リグリヤは笑った。

「どうしたんです? いきなり、ここに行く、なんて、貴方らしくないことを」
「俺らしくない、か?」
「ええ。だって、突然行動するにしたって範囲というものがあります。ジェットはその範囲、余り広くはないから」

 確かによく解らない行動を取ることもあるが、いきなり遠出、なんてことは初めてだ。今日の朝、海に行くぞ、なんて言われた時には、熱でもあるのかと心配してしまった。

「行きたくなった時が一番良いものだ」
「……そうなんですけどね。ま、良いですけど。私も嬉しいですし」

 結構海、好きなんですよ。遠いからあんまり来ないんですけど。これでも泳ぐの得意なんです。
 笑いながら歩くリグリヤの顔は幸せそうで、ジェットはつられて笑いそうになり、すんでのところで堪えた。

『リグはね、海が好きよ』

 リラが言っていたことは本当のようだ。

「あの店の夫妻が旨いものを作ってくれるそうだ」
「え?」
「バレンタインのお返しだ」

 何を返すべきか解らなかった。だからリラに相談してみたら、海に行って美味しいもの食べれば?、と言われた。普通すぎてどうかと思ったが、まさかこうも嬉しそうにされるとは思わなかった。帰ったらリラに礼をしなければ。

「……ホワイトデー、覚えてたんですか」
「もう何日も過ぎたが、休日しか出来ないからな」
「覚えてたなんて嬉しいですよ。ありがとう、ジェット」

 数歩先を歩いていた少女は、立ち止まり振り向くと微笑み、はい、と手を差し伸べた。

「……何だ?」
「何で後ろを歩くんですか。隣を歩いてくださいよ。ストーカーみたい」

 確かに横から見れば後をつけているように見えるかも知れない。ジェットはその手を素直に取って、彼女の横を歩く。

「ねえジェット。貴方は、私の知らない所、沢山知ってるんですよね」
「ああ。ここ以外にも沢山の町や国を見てきた。勿論、まだ知らない土地も多いが」
「今度連休取って、旅行してみませんか?」
「……ああ。そうか。それも良いな」

 冷たい風は潮の薫り。あの日作った砂のトンネルはこの辺りに作ったのだったか。海水を汲んだ青いバケツはどこに置いていっただろう。

「旅行しても良いが、はしゃいで迷子になるなよ」
「大丈夫です。私は貴方についていきますよ」
「……あれ何ですかー、とか勝手に走っていきそうなんだが」
「手を繋いで引っ張っていきますから平気です。一緒に迷子になってください」

 砂浜に二つの足跡が溶けていく。
 波がそれを攫っても、雨がそれを洗い流しても。
 そこに、それは、ある。



ホワイトデー即興。ジェットは忘れた頃にお返ししそうだ、と思ってこんなことに。

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Author:橿倉いるあ
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